一般財団法人 地域活性化センター様発行の月刊「地域づくり」12月号特集編に、心の復興へ向けた取り組みが掲載されました。月刊「地域づくり」12月号は、一般財団法人 地域活性化センター様ホームページにて、会員限定でダウンロードできます。
特集された記事を掲載します。どうぞご覧下さい。
心の復興へバナナ栽培に挑戦-観光客来訪で交流効果実感-
株式会社広野町振興公社代表取締役 中津弘文
原発事故で避難生活
広野町は福島県浜通り地方の南端に位置し、年間を通して温暖な地域であることから、町のキャッチフレーズを「東北に春を告げるまち」とした人口5000人ほどの小さな自治体です。
2011年3月に発生した東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故では未曽有の被害に遭い、特に原発事故では1年間は町内での生活ができず、町外での避難生活を強いられました。2024年3月時点では約91%の住民が帰町し、日常生活を送っていますが、丸13年が経過しても帰町されていない方もいます。
ふる里再生への思いを込めて
生活する上での環境は時間の経過とともに順調に復興したものの、震災・原発災害により負った「心の傷」は、今なお完全な回復には至っておらず、心の復興をどう成し得ていくかが課題として残っています。全ての地域に共通することですが、その地で生活する住民ひとり一人の力、ふる里に対する愛着・誇り・希望無くして、活力と魅力ある地域づくりを実現することはできません。
私は前職が広野町職員であり、うち7年間は復旧・復興・再生業務に従事し、さらに新たな行政課題となった「心の復興」施策立案にも主導的な立場で携わっていました。
そのうちの一つが、熱帯性植物である「バナナ」栽培に挑戦することだったのです。バナナを選定した理由は、行政が「自治体としての存続さえ危ぶまれたふる里を、幾多の困難を乗り越え、必ずや復活・再生させ未来につなぐ」という強い思いを、東北地方の福島県の気候風土では栽培が困難とされる「バナナ」栽培への挑戦と重ね、住民が自らふる里創生に向けた意識高揚の一助につなげたいと考えたからでした。
年1.5トン生産、採算は取れず
バナナ栽培は2018年9月、広野町の公有施設である農業体験施設のハウス3棟で、町100%出資の広野町振興公社が担当して始まりました。当初約150本の定植でスタートし、翌年9月には無事初収穫を迎えることができました。現在まで毎年平均約1万2000本(約1.5トン)の生産量となっています。
栽培にあたっては①全ての工程を可視化すること②農薬は使用しないこと③自然環境に負荷をかけないこと――を基本コンセプトとして臨んでいます。また、2021年1月にはJGAP(安心できる農業生産工程管理)を取得したところです。
栽培原価は1本あたり700円強で、売価を200~300円としていることから、採算性の取れた事業には全く至っていません。
冬季の育成では、ハウス栽培であっても室温を15度以上に保つための加温が必要となり、その燃料消費量がハウス3棟で年間約4万リットル、金額にして400万円強を要してしまうことが原価高の要因でもあります。このことは、事業コンセプトに掲げている自然環境に負荷をかけない栽培の面でも課題になってしまいました。
観光資源として定着
事業開始以降、当地の新たな観光資源として定着しつつあり、県内外から毎年約1.5万人の方に来訪いただいています。これにより、住民のふる里に対する評価が徐々に高まり、心の復興が着実に前進していると感じています。改めて外部の方(よそ者)の交流効果(見えない力)を実感したところでした。
しかし、「心の復興」を目指した事業であるものの、継続的な事業展開を図る上では、いずれ「総括的な面での費用対効果」のふるいにかけられ、事業休止の事態も招きかねません。このため、改善策として以下の取り組みに着手し、経営的な視点での運営に努めることとしています。
(1)生産規模の拡大や販売単価を上げることは考慮していないため、バナナをフリーズドライ化し、加工品(菓子、スイーツ等)用としての販路を拡大する
※既に地元高校とのコラボによりスイーツ(クッキー、マドレーヌ、ドーナツ)を製作販売
(2)栽培残渣(葉、茎等)を堆肥としての利活用にとどめず、加工品として商品化(バナナ茶など)する
※既に茎を原料としたバナナ和紙を製作し、地元小学校の卒業証書台紙に活用、その実績を踏まえて商品化(ポストカード、クリアファイルなど)
(3)地元国立高等専門学校(福島高専)とのコラボにより、バナナの花や茎等の微生物調査を実施し、パン、ワイン、ビールづくりに適した新株の酵母菌が発見されたので、企業と連携した地場産品づくりを展開
(4)ランニングコスト削減対策として、2021年から国立研究法人産業技術総合研究所との連携の下、一部施設において再生可能エネルギー(地中熱)活用の実証試験を実施。2022年から運用開始し、その効果として未導入との比較で燃料費を約50%削減、CO2については約60%削減となり、自然環境への負荷低減にもつなげることを実現。今後、イニシャルコスト確保の課題はあるものの、事業の近代化に努めランニングコスト低減に注力
助言、指導が支えに
当事業は、私自身も含め知識や経験のないプロパー職員が現在でも日々試行錯誤の連続で、多くの方々からのご助言やご指導が大きな支えになっています。特に外部の方からの俯瞰的な意見やアイデア等の助言は大いに参考になり、事業遂行にあたって大きな力となっています。
引き続き、当事業を当地の新たな観光資源として多くの方にご認知いただき、それにより、活力と元気に満ちた地域づくりに貢献できる事業とし成熟させたいと考えています。今回のご縁を契機にさらに広野町に関心を抱いていただき、多くの方々のご助言・指導をお待ちいたしています。
ハウスで栽培されているバナナ
フリーズドライにしたバナナ
バナナを使ったスイーツ
福島高専の学生による細胞採取